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 NHK大河ドラマ「龍馬伝」や観光イベント「土佐・龍馬であい博」のおかげで「りょうま」「りょうまさん」が氾濫しています。もう「りゅうま」「りゅうまさん」という人はありますまい。
 この呼び名、本人が「りよふ」と書いていること(慶応3年、長崎から姪の春猪に出した手紙)や、当時の志士達が「りょうま」と呼び合っていたことをうかがわせる当て字(伊藤博文や岩崎弥太郎、土佐藩重役の寺村左膳は「良馬」と書いている)が用いられていることなどから証明されるのですが、昭和9年、「りゅうま」と振り仮名のついた文部省検定済みの教科書が現われ、ひと騒動持ち上がったことがあります。(2008年11月4日「龍馬はなんと読む」参照)
 土佐史談会の抗議もあって、その後、教科書も「りょうま」と改められましたが、漢字は龍馬と竜馬が共存しているということです。
 それにしても固有名詞、ことに人名はむずかしい。
 同じ大河ドラマ、2006年の「功名が辻」でも山内一豊をどう読むかが問題になりました。地元土佐では「かつとよ」で通っています(高知新聞社発行の『高知県人名事典』は「かつとよ」を見出し語に使っています)が、ドラマでは「かずとよ」でした。姓も土佐では「やまうち」ですが、NHKテレビのアニメ作品、武田鉄矢原作の「おーい!竜馬」では「やまのうち」、神奈川県の山内家は「やまのうち」だそうです。
 地元高知では「やまうち・かつとよ」と呼ばれる「やまのうち・かずとよ」(東京のアナウンサー)には北方様と呼ばれる通という姉がいました。美濃(岐阜県)北方(きたがた)の豪族に嫁いでいましたが、戦に敗れたため一豊を頼って土佐に来て子息の領地宿毛で亡くなりました。お墓のある妙栄寺には直筆の署名があるそうですが「通」は「つう」ではなく「づう」とあるそうです(土佐史談152号「宿毛妙栄寺の宝物」橋田庫欣)。
 少し脱線。共同通信に山内○○という記者がいます。この3月だったでしょうか高知新聞の「南風」という欄に署名入りで記事が載りました。この人はどう読むのか興味がありましたので、記事の切り抜きに返信用の葉書を添えて問い合わせの手紙を出しました。まだ返事をいただいておりませんが私が勝手に出した手紙ですので文句は言えません。同じ通信社の役員さんに山内豊彦さんという方がいますが、この方は「やまのうち」と名乗っていらっしゃいます。
 家畜の伝染病口蹄疫に見舞われた宮崎県、拡大防止のため犠牲となる元気な動物たちを殺処分しなければならなかった農家の人たちの無念さを思うと胸が痛みます。この病気について5月23日の高知新聞にウイルス学が専門の東大名誉教授山内一也氏の談話が載っていました。「やまのうち・かずや」と振り仮名してありました。横浜市出身だそうです。
 全国的には「やまのうち」優勢かなと思い始めた矢先、愛媛県で「やまうち」という例に出合いました。7月9日夜のNHKテレビが新居浜市でアームレスリング道場を開く男性の活動を紹介していました。60歳になるその男性の名は山内豊徳さん。やまうち・とよのりと呼ばれていました。
 別役実という劇作家がいます。本来「べっちゃく・みのる」ですが、だれも読んでくれないのでペンネームや通称には「べつやく」を使っていると、本人が何かに書いてあるのを読んだ記憶があります。
 高知県香南市には別役という集落があり、呼び名は「べっちゃく」です。4月30日の高知新聞にこの市の教育長に別役朋之氏が選ばれたという記事が載っています。「べっちゃく・ともゆき」と振り仮名を振ってあります。
 NHKテレビ夜のニュースでスポーツを担当しているアナウンサーに「一柳」という女性がいます。「いちやなぎ」さんと呼ばれていますが、所変われば呼び名も変わるで、高知県では「いちりゅう」です。私の旧制中学校の同級生にいちりゅうくんが居ました。有名なお菓子屋さんの息子でした。
 龍馬さんの先祖ゆかりの地は南国市才谷ですが、地元の人は「さいたに」ではなく「さいだに」と濁って呼んでいます。
 濁るか濁らないか、これはいろいろあります。山崎=やまさきorやまざき、長宗我部=ちょうそかべorちょうそがべ。京都・祇園祭の山鉾の読み方も「やまほこ」と「やまぼこ」清濁2通りの読み方が混在してきたそうですが、ユネスコの無形文化遺産には昨年9月「YAMAHOKO」と登録されたそうです。この行事の開幕を伝える高知新聞(7月17日付)は「やまほこ」となっていますが、山鉾巡行の先頭を進む長刀鉾には「なぎなたぼこ」と振り仮名を振ってあります。
 長宗我部については長宗我部元親の弟・親房から数えて17代目の子孫・友親さん(68)が最近出版した著書に「ちょうそがべ」と振り仮名をしてあります。しかしインターネットのフリー百科事典ウィキペディアでは「ちょうそかべ」と清音です。なら「ちょうそかべ」と打ち込んで漢字変換を求めるとどうなるか。変換してくれません。濁音ですと「長宗我部」と漢字になりました。複雑です。(ただ特別に単語登録すれば別であります)
 土佐史談53号(昭和10年)に「たこ生」と名乗る匿名の人が、名前の読み方と題する一文を寄せています。引用さしてもらいます。
 藩政後期の名奉行馬詰親音、親は元親のチカで、チカネと読みたいところですが、同氏の日記に「明和8年11月12日親友(モトトモ)を親音に革」と自書してあり、親音に「モトネ」と振り仮名を付けてあるそうです。
 読み方はこれで決まりですが、平凡社の百科大事典には名はモトネと正しく読ましてありますが、姓をマズメとしてあります。土佐ではウマヅメと読むのが普通で、山内家の御役人帳にもウの部に収められています。(高知新聞社の『高知県人名事典』は正しく「うまずめもとね」となっています)。
 この人物については2009年3月13日の「土佐の高知の事始め」に書いてありますので興味のある方は月別アーカイブ2009/03をクリックして読んでください。土佐第1号の貸し本屋と「もみぬき井戸」の話が、ご覧いただけます。
 最後に現代に戻って、奇兵隊内閣を率いる菅直人首相の言葉。
 菅首相は組閣後の記者会見(6月8日夜)で「政治の役割は国民、世界の人々が不幸になる要素を少なくしていく最小不幸の社会をつくることにある」と発言しましたが、この最小不幸の社会は「最少不幸の社会」と書くのが正解ではないか。いずれにしても不幸は無くならないわけで、現実的であるといえばそれまでだが、政治が目指す志としては小さい小さい。
 参院選惨敗もあってか、その後この言葉にはお目にかかりませんが、いくら頭に「最小・最少」とついていても不幸社会では明るさが感じられません。


     維新の群像10講座
土佐史談会は平成22年度郷土史講座として「維新の群像10講座」を開いています。
          講師   テーマ
  5月29日 永国淳哉 ジョン万と小龍(了)
  6月27日 渡部淳  山内容堂(了)
  7月31日 松岡 司 武市半平太(了)
  8月27日 宅間一之 吉田東洋
  9月19日 西山 均 清岡道之助と二十三士
 10月30日 熊田光男 吉村虎太郎の自然と風土
 11月26日 岩崎義郎 中岡慎太郎
 12月10日 今井章博 後藤象二郎
  1月29日 谷  是 岩崎弥太郎の生涯
  2月25日 公文 豪 板垣退助
 場所 高知県立文学館ホール
 時間 午後1時30分~3時30分
 参加費 無料(参加人数は100名)
  葉書かFAXで申し込みください。

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