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   山田一族の人々

 馬次郎がサンフランシスコから出した手紙、宛先は「山田畦三郎」となっていた。3つ違いの弟である。
 ここでちょっと山田一族のことに触れてみる。
 山田家は戦国時代の武将去暦の父孫右衛門宗純を初代として十五代続いている家柄である。
 石田三成に仕えていた去暦は関ケ原の役で落城の迫った大垣城を娘の阿安(おあん)らとともに脱出、土佐へ逃れてきた。大垣城の堀はたらい舟で渡ったと「おあん物語」は伝えている。
 県立図書館にあるコピー版の『御侍中先祖書系図牒』ク、ヤ(1612)(2)を開くと冒頭から一族の名前が続く。212ページからはこの記事の関係者。(系図牒原本は〔財〕土佐山内家宝物資料館所蔵)
○孫右衛門清道○助之丞清賢○八蔵清粛○平左衛門清廉
            免弥太清辰  馬次郎
            猪内直春   畦三郎清枝
 ■孫右衛門清道=享和4年(1804、文化元年)2月免奉行▽文化6年(1809)7月御郡奉行▽同8年2月幡多御郡奉行▽同11年4月大御目付▽文政7年(1824)正月御仕置役▽同8年7月御馬廻組頭▽同10年6月御仕置役(再)と、大目付仕置役まで昇った。嘉永元年(1848)戊申12月2日享年70有1と墓石に刻まれている。逆算すると安永7年(1778)生まれである。(武市佐市郎編『御役人帖』=土佐史談49、48、44号)
 ■山田助之丞清賢=清堅と書いた本もある。前名寿之助。天保15年(1844)9月2日歿、50歳だから寛政7年(1795)生まれ。森口幸司編『土佐藩御役人帳』(高知市民図書館発行)には内膳様付に名が載っている。松山白洋「宮地仲枝を中心とせる歌壇の人々」(『土佐歌人群像』⑨=土佐史談40号所載)には山田助亟、山田助之亟、山田清賢といった名前が頻繁に登場する。和歌の世界では著名な文化人であったようだ。
 ■由比猪内直春=幕末維新の激動期、開成館軍艦局担当や参政を勤めて藩主を支えたこの人、養子となって姓が変わっているが山田孫右衛門清道の三男である。文政2年(1819)生まれ。先に述べた馬次郎の手紙を容堂に見せたのがこの人。新おこぜ組の一人で、文久2年(1862)4月、東洋・吉田元吉の横死に伴う藩庁改革で後藤象二郎らとともに役職(御側御用役)をはずされた経歴を持つ。佐佐木高行日記には「孰レモ吉田元吉ノ徒ナリ」とある。(前掲『保古飛呂比 一』396㌻)。
 ■八蔵(八右衛門)清粛=文政9年(1826)生まれ。嘉永6年、ペリー来航に伴って警備を固めた土佐藩品川屋敷の惣頭取、また文久年代に入って堺警備の住吉陣営配属者の中にも御馬廻組頭として山田八右衛門の名が見える。息子より長く生きて明治43年(1910)5月20日歿、享年85。(小美濃清明氏『土佐藩品川下屋敷と浜川砲台』=土佐史談226号▽山内家資料 幕末維新第3編上201㌻)
 ■山田畦三郎直枝=天保5年(1834)生まれ。助之丞の三男。土佐藩の藩船「夕顔」船上で坂本龍馬が船中八策を口述し長岡謙吉に書き取らせた時の船長がこの人。猪内の養子となっていたので由比畦三郎と称していた。またイギリス東洋艦隊イカルス号の水兵2人が長崎で殺され、下手人の疑いが海援隊にかかったとき、須崎まで来た龍馬を夕顔船内にかくまっている(前掲『保古飛呂比 二』431㌻)。『竜馬がゆく』の中で司馬遼太郎氏は「畦」に「けい」と振り仮名を振っている。この人はその後、開成館軍艦局の教授や局長を務めたあと明治に入って第7国立銀行の初代頭取、北光社第2代社長などを努めるが、この時(万延元年)は27歳であった。(つづく)


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      龍馬学10講座-龍馬のすべて-(土佐史談会主催、定員100名、参加費無料)
         場所 高知県立文学館ホール
         時間 午後1時半~3時半の2時間
   日程      講師        講座内容
 5月27日(水)岩崎義郎  坂本龍馬の祖先明智説、龍馬の家族、龍馬の剣術修行と小栗流(了)
 6月 7日(日)小美濃清明 江戸留学と国際情勢(品川)(了)
 7月29日(水)三浦夏樹  土佐勤王党と脱藩事情(了)
 8月 1日(土)佐藤寿良  龍馬と海舟、神戸海軍操練所(了) 
 9月 5日(土)渋谷雅之  龍馬、長崎、船(了)
10月 3日(土)豊田満広  薩長連合、海援隊成立、岩崎との関係、いろは丸(了)
11月 7日(土)広谷喜十郎 福井藩と龍馬との関係・大政奉還への道(了)
12月 5日(土)松岡司    龍馬・中岡の死とその背景(了)
 1月17日(日)谷是     龍馬死後の海援隊とその思想の継承
 2月 6日(土)高橋正    文学に描かれた龍馬像


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