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 10月2日、実力派歌手・高橋真梨子のコンサートを聴く。場所は高知市の県民文化ホール(オレンジ)。
 父の日のプレゼントとして長女と長男の嫁からチケットをいただいていた。
 1504席あるホールは満席。女性が圧倒的に多かったが、私ら男の白髪組も恥ずかしくない程度に席を占めていた。
 15年ぶりの高知公演だそうだが、この日は天候がよくなかったので飛行機はかなり揺れたという。
 ところで彼女、デビューまもなく高知に来たことがあるそうだ。
 彼女は昭和47年(1972年)にペドロ&カプリシャスにスカウトされてボーカルとして参加、翌年「ジョニーへの伝言」が大ヒットとなり、49年の第25回紅白歌合戦に出場する。
 この歌は、名古屋-高知-鹿児島を結んだ日本高速フェリーの「さんふらわあ」船上(レストランシアターでのディナーショーか)で発表したものだと、彼女の夫ヘンリー広瀬が紹介していた。その時、高知市内へ繰り出して有名な播磨屋橋で記念撮影したが、欄干だけのある“がっかり名所”だったとの感想。
 いまはもう外洋航路のことなどすっかり忘れていた私にとって、「さんふらわあ」の名をこんな席で聞くとは思いもよらなかった。
 コンサートはプログラムによると「桃色吐息」など20曲(私のカウントでは22曲)、歌詞を味わいながらメロディーに浸る雰囲気にはほど遠かったが、大劇場、大舞台てのショーでは致し方なかろう。少々やかましかったが堪能した。
 聴衆も初めは静かだったが、徐々に盛り上がり、スタンディングオベーションも起こった。
 このことを予想してか、わが娘たちは腰痛の私の席を2階の一番端っこに指定してくれてあったので、総立ちの聴衆の中に沈み込むことは避けられたが、オペラグラスのサービスは無かったのでデビュー36年目の高橋真梨子さんの表情はうかがえなかった。
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 さんふらわあ=1万トンを越す白い船体に太陽の絵がシンボル。
 照国海運の子会社日本高速フェリーが1972年2月1日に名古屋-高知-鹿児島間に就航させた。
 1号のこの船は11,312総トン、豪華な内装、プールなどの施設を持ち、当時クルーズ客船を持たなかった日本で一世を風靡した。
 映画やテレビにもたびたび登場、『刑事物語くろしおの詩』、『太陽にほえろ』の「南国土佐、黒の推理」など数え切れない。
 同年5月28日には2号船(12,112総トン)を同航路に投入、3日に2便の運航となった。
 さらに内装が豪華になった3番船「さんふらわあ5」(12,711総トン)が1973年3月21日に東京-高知航路に就航、翌74年7月4日4番船「さんふらわあ8」(12,759総トン)が加わって毎日運航となり、那智勝浦にも寄港する。
 5番船も建造されたが、折から襲った石油ショック。燃料費の高騰に加えてトラック輸送の落ち込みや短期間に大型船を5隻も建造するという設備投資の重圧から75年9月に照国海運は倒産、高知航路の2つのラインは転々として2001年10月までに廃止された。
 フィリピンに売られた5番船の「さんふらわあ11」は1998年9月19日、台風に巻き込まれて沈没、267人という死者・行方不明者を出す悲惨な最期を遂げている。フリー百科事典『ウィキペディア』に詳しい。


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                         アントワープの街
 畏友・谷是(ただし)氏の2年ぶりの個展です。ご承知かとも思いますが土佐史談会で副会長をつとめる実力者です。近くの方、立ち寄ってやってください。
    第13回谷是油彩個展(無所属)
    …オランダ・ベルギーを旅して…
   10月7日(水)~10月16日(金)
午前9時30分→午後6時(最終日午後4時)
     浜幸画廊(菓子の浜幸5階)
     高知市はりまや町1-1-1

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