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 前回のつづきです。名もない一新聞整理記者の体験に過ぎませんが、鉛時代を知るものもだんだん少なくなり、今はもう歴史のひと駒としてかすんでしまった印刷技術史の一断面として読んでいただければ幸です。
     *     *
 それまでの新聞製作方式はコールドの対(つい)「ホット」であった。火を使うからである。
 ドイツのグーテンベルグが1440年代に発明した金属版は、おおむね鉛、スズ、アンチモンを85・4・11の割合で混ぜた合金で、比較的低温(240度)で溶け、繰り返し何回も鋳込めることから、以後500余年、印刷文化の中枢をになってきた。
 高知新聞は創刊当時は既製活字の購入で印刷していたようであるが、輪転機の導入で熱くなる。
 鉛合金を溶かして活字や印刷用鉛版を鋳造する。バーナーが炎をあげ、どろどろに溶けた地金の釜がすぐそばにあった。
 活字の一字一字は指先でころがるが、組み上がった紙面は結構重い。
 騒音は出る。印刷インキによる汚れもある。労働環境、決して宜しくない。
 鉛による大気汚染や硝酸など有害物質の放出も問題になっていた。
 そのうえホット方式は左右あべこべの世界であった。
 新聞社編集局の一画に「整理」と呼ばれる部署があった。
 取材記者の原稿を受け取つて大きさを決め、見出しをつけ、紙面をレイアウトして大組みを担当した。
 紙面のトップは右側の頭(あたま)だが大組みでは左上がトップである。
 この感覚、体(からだ)で覚えるには少々時間がかかる。
 ある人は赤インクをたっぷり含ました筆で裏までしみ通る図面を描き、裏返した。またある人は設計図を天井に貼り着けた場面を想像し、仰向けに下からうかがい見ながら大組み作業に臨んだ。
 みなそれぞれ苦労したものである。
 47年5月21日深夜を最後に、熱くて重い騒音の世界は消え、右は右、左は左に正常化した。
 製作現場の連絡用黒板にはだれが書いたのか「ホットした」との落書きがあった。
(以下略)        (おわり)

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土佐史談会
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