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 今回紹介するのは『土佐史談』44号(昭和8年)小関豊吉氏の「藩政時代に於ける農村に関する政策と農民の生活」と題する論文からです。
 藩政時代は武士階級が政治上も社会上もあらゆる特権を握っていたことはご承知の通りですが、当然に庶民階級は武士を養うための存在でした。
 徳川家康は有名な倹約家で、その意を受けた土佐藩をはじめ諸侯も家臣や一般住民の生活水準を極端に切り詰め、多少のきつい・ゆるいはあったにしても、この方針は終始一貫したものでした。
 ことに農民は米を作って年貢を納めるのを職分とすべきものとし、その生活の内容にまで甚だしい干渉を加えました。
 衣食住はもとより教養・娯楽、 娯楽という言葉はまだなくて「遊慰」といったそうですが、遊慰は人民を怠惰にし、生産を阻害する有害無益なものと考えられたようです。
 農民娯楽の最も一般的なものは神祭と婚礼その他の酒盛りですが、人数が10人を過ぎたら駄目とか、料理も1汁2菜にしろといったお触れが出ています。
 次は文政2年(1819年)に出されたお触れです。
     ※          ※
 婚礼、葬祭ならびに初幟初雛等の出会い、ゆえなく大勢集まってはならぬ。
 盆祭りに分限不相応に燈籠をともし、仏前の飾り仰山にしないこと。
 2尺以上の凧揚げ停止。
 碁将棋ならびに小鳥飼いは百姓には不相応なので、先だって示された通り堅く相守るべきこと。
 発句・てには停止のこと。
     ※          ※
 住民生活への干渉ですから、干渉されるべき状態が為政者の目にあまるほどだったのでしょう。
 このようなお触れは文政時代に先立つ享保4年、同11年、宝暦8年、天明7年にも出されています。なかなか守られなかったという証明です。
 小鳥の飼育はどうして駄目? まさか自然保護ではないでしょう。
 碁将棋や俳句を楽しむ者のなかには、「ごくどう」や賭けを争うなどの弊害があったかもしれないと思われもしますが、一面農民の教養の高まりを示しているかもしれません。



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