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 日本人として初めてアメリカに渡った中浜万次郎が過ごしたフェアヘーブン(マサチューセッツ州)のホイットフィールド家が記念館として修復され、来年5月「ホイットフィールド・万次郎友好記念館」として開館する。

 記念館開設の会の代表を務める聖路加国際病院の日野原重明・理事長は97歳という高齢にもかかわらず日米両国を往復して活動しておられる。

 発起人会の初会合はことし1月15日でした。すごい行動力です。

 ところで12月8日、私の世代はすぐ日米開戦の日、真珠湾攻撃と反応しますが、当時のアメリカ大統領はルーズベルト。

 ルーズベルト大統領といっても2人いて、1人は第26代のセオドア、2人目が第32代のフランクリン・デラノ(在任1933~1945年)。2人は従兄弟です。

 この32代から万次郎の子息・中浜東一郎氏に来た手紙があります。

  『土佐史談』44号は昭和8年7月15日の大阪朝日新聞の記事を転載して、東一郎氏の喜びぶりを報じています。

 この手紙は大統領の曽祖父が、万次郎らを救出したジョン・ハウランド号の持ち主の1人だったと述べています。(新聞記事は「曽祖父」となっています)

 このことは東一郎氏の孫・中浜博氏の著書『中濱万次郎 「アメリカ」を初めて伝えた日本人』(平成17年、冨山房インターナショナル)にも載っていますが、あまり知られていませんので、土佐史談記事に読み当たった機会に同書から紹介しましょう(46~47ページ、手紙の写真つき)

 1933年6月8日
 親愛なる中濱博士(中略)
 私はフェアヘーブンのワレン・デラノのgrandsonです。彼はお父様をフェアヘーブンにお連れしたホイットフィールド船長の船のpart ownerです。
 私の記憶によると、あなたのお父様は私の祖父の家のすぐ筋向かいのトリップさんの家に住んでおられました。
 私の少年の頃、私の祖父がフェアヘーブンの学校に通い、時々デラノの家族と一緒に教会に行った小さな日本の少年についていろいろなことを私に話してくれたのをよく覚えております。(中略)
 中濱という名前は私の家族の記憶にいつまでも残ることでしょう。(後略)

 東一郎氏の喜びの声「大統領からの親書で長く親交を結んでもらいたいというのは、まことに光栄であり、同時に父の伝記研究の貴重な新材料が増えてうれしい」

 万次郎が暮らしたホイットフィールド船長の家は一時取り壊されそうになっていたが、日野原理事長らの募金活動で買い取り、修復中とのこと。

 大統領の手紙にあるトリップさんというのは、博氏の著作によると、万次郎の無二の親友で、一時そこに泊まっていたのかも知れないということです。


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土佐史談会
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